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東京地方裁判所八王子支部 平成8年(わ)1439号 判決 1997年7月04日

主文

1  被告人を懲役一年二月に処する。

2  未決勾留日数中一二〇日を刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は

第一

1  A、B及びCと共謀の上、平成七年一一月一九日午後七時三〇分ころ、東京都江東区扇橋三丁目四番七号社団法人東京乗用旅客自動車協会江東支部兼江東乗用自動車協同組合会館二階事務室において、同支部事務局長兼同組合事務局長X所有又は管理に係る現金六七万三、〇〇〇円及びタクシークーポン券等六三一点(時価合計二六七万七、四〇〇円相当)を

2  前記B及びCと共謀の上、前記日時ころ、前記会館一階倉庫において、前記X管理に係る御乗車伝票六〇冊を

窃取し、

第二  別紙一覧表記載のとおり、前記Bらと共謀の上、窃取に係り、携帯用に改造した防護無線通信装置から電波を発射して、東日本旅客鉄道株式会社(代表取締役松田昌士)の旅客鉄道業務を妨害しようと企て、郵政大臣の免許をうけず、かつ、法定の除外理由がないのに、平成八年四月八日午後五時一九分ころから同年五月三日午後一〇時三八分ころまでの間、前後二回にわたり、千葉県船橋市海神町二丁目六四六番地付近から同県市川市平田四丁目一番一三号付近に至るまでの道路上を走行する普通乗用自動車内等において、前記の携帯用に改造した防護無線通信装置を携帯して周波数373.2736メガヘルツの電波を多数回発射し、同県船橋市西船四丁目二七番七号所在の右東日本旅客鉄道株式会社西船橋駅構内ほか一三か所において、運行中の同社が運行管理する電車延べ二一列車に各設置してある防護無線通信装置に同電波を受信させ、右二一列車を緊急停止させ、又は、発車を見合わせるなどさせてその運行を遅延させ、もってそれぞれ偽計を用いて右東日本旅客鉄道株式会社の業務を妨害するとともに、無線局を開設して運用したものである。

(証拠)<省略>

(法令の適用)

判示第一、1及び2の各行為は、包括して刑法二三五条、六〇条に該当し、判示第二の別紙一覧表番号1及び同番号2の各行為のうち、電波法違反の点は、各無線局開設及び各運用につき包括してさらに各電波発射行為全体について包括して電波法一一〇条一号、四条、刑法六〇条に該当し、各業務妨害の点は、各電波受信電車の各運行遅延ごとに、それぞれ刑法二三三条、六〇条に該当し、各電波発射行為にかかる各電波法違反の罪とそれによる各業務妨害の罪は、それぞれ一個の行為で、二個ないし五個の罪名に触れる場合であり、しかも、電波法違反の罪は、別紙一覧表番号1及び同番号2ごとに、全体として包括一罪となるから、結局、刑法五四条一項前段、一〇条により、別紙一覧表番号1については、一罪として最も重い列車番号一七一二Eの電車に対する業務妨害の罪の刑で処断し、同番号2については、一罪として最も重い列車番号回三五六一Mの電車に対する業務妨害の罪の刑で処断し、判示第二の各罪につき、懲役刑を選択し、以上は(判示第一及び第二の各罪)は、同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、その所定刑期の範囲内で、被告人を懲役一年二月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入することとする。

(量刑事情)

被告人とB、A及びCとは、無線の趣味を通じて知り合った仲間であり、判示第一のタクシー協同組合に無線担当としてB及びAに次いで、同人らの誘いもあって、同組合に就職した。しかし、被告人は、同組合事務局長Xに対する反発などから、同組合を辞めた。判示第一の窃盗は、被告人やBがXを困らせる目的もあってなされたものである。被告人、B及びCは、当夜、Aを遅番に替わらせ、無線司令室で仕事を続けながら、何かあったら連絡をする役割を与えて、三人で判示の窃盗を行った。被告人は、現金の約三分の一(Aには現金があったことを内密にした。)及びタクシークーポン券と商品券の約四分の一を分け前として貰い、現金は使ってしまい、商品券は、その一部(一万六〇〇〇円分)を使い、残りは、任意提出され、タクシークーポン券は、その一部(一万五〇〇〇円分)を使用し、残りは車のトランクに入れていたところ、台風で水が入り、水びたしとなってしまったため廃棄した。被告人の父親が被告人の負担分につき弁償金(実際の取得分に上乗せした一〇〇万円)を用意したが、被害組合が全額一括弁償を主張しているため、示談には至っていない。

判示第二の犯行については、Bらが三鷹電車区から防護無線通信装置を盗み、Dがこれをハンディなものに改造した。四月八日には、被告人が運転し、Bが助手席で発報を繰り返し、被告人も一回発報した。五月三旧には、被告人が運転し、BとAが後部座席で互いに発報を繰り返し、列車が停止する様子等を見たり、無線で傍受して、喜んでいた。東日本旅客鉄道株式会社からは、三鷹電車区構内の盗難防止等のために多額の出費を余儀なくされ、この種の犯罪が鉄道事業を混乱に陥れる悪質な犯罪であり、厳重な処罰を求める旨の上申書が提出されている。

被告人は、深く反省している。前科・前歴はない。その父親も今後の更生に力となりたい旨公判廷で述べている。被告人の友人の公判廷供述によれば、逮捕当時タクシー運転手として勤めていた先の会社での評判はよかったという。Aに対しては、懲役一年四月の実刑判決があり、確定している。

そこで、検討するに、判示第一及び判示第二を通じて、被告人らのグループのなかで指導的な人物は、Bである。判示第一では、その役割等からみて、被告人は、Aよりは上の地位にあったといえる。判示第二では、両日とも、被告人は、運転手をしていたものであって、その役割の重要性からして、所論のように、幇助犯とは到底いえないものの、責任の量としては、B及びAよりも軽いものといえる。

本件においては、法令適用における重い刑は、窃盗罪であるが、量刑においては、判示第二の電波法違反及び業務妨害の方を重視すべきである。訴因に限っても、その犯行が電車運行に多大の影響を及ぼしたことは明らかであり、被告人にとって、最も不利益な事情である。模倣性の点でも犯行の危険性が認められる。もっとも、この点は、Dという特殊技能者の存在が大きいから、これからも簡単に模倣されるというおそれは必ずしもない。判示第二は、無線趣味と鉄道趣味が合体した極めてマニアックな集団による犯行であり、一種の愉快犯ともいえるから、一般予防の観点もある程度量刑上考慮すべきである。他面、被告人らに共通しているのは、いたずらが高じた程度の認識しか本件当時なかったともいえる点であり、これは、動機の安易性という点では非難されるが、誘惑性という点では被告人らに有利な面もないではない。電車遅延の被害状況のうち、本件当日分については、時間帯、電波の届く距離、被告人らの移動経路等からして、被告人らの違法な発報による蓋然性が高いが、いわゆる余罪であり、刑罰加重的に考慮することは許されない。本件犯行自体の継続性をうかがわせる一資料にすぎない。三鷹電車区構内の盗難防止等のための多額の出費については、本件に使われた防護無線通信装置自体は、被告人が盗んだものでないこと、出費の相当性に関する証拠がないこと、同種犯罪に対する予防の点でも今後も役立つこと等から、そのまま本件犯行による直接の被害として、被告人に不利益に考慮するのは適切でない。被告人に有利な前記各情状は、ほぼそのとおりのものとして評価することができる。示談は判示のような事情で成立していないが、父親の誠意ある態度を十分考慮すべきである。被告人の反省の態度は、極めて印象的である。

以上の諸点を総合考慮して、主文の刑を定めた。

(裁判官原田國男)

<別紙>

一覧表

番号

共犯者

電波発射・

受信日時

(ころ)

電波発射場所

電波受信場所

電波受信電車

遅延状況

(約)

1

B

四月八日

午後五時一九分

千葉県船橋市海神町二丁目六四六番地付近から同県市川市平田四丁目一番一三号付近に至るまでの道路上を走行する普通乗用自動車内

千葉県船橋市西船四丁目二七番七号所在の東日本旅客鉄道株式会社西船橋駅構内

東日本旅客鉄道株式会社武蔵野線上り電車(列車番号一七一二E、運転士宮崎和久)

六分間

同日

午後五時二〇分

同県船橋市本町七丁目一番一号所在の同社船橋駅から同県市川市市川一丁目一番一号所在の同社市川駅までの間

同社総武快速線上り電車(列車番号一七四二F、運転士七海伸)

四分間

右西船橋駅付近

右総武快速線下り電車(列車番号一五四一F、運転士椎名有一)

三分間

同日

午後五時二一分

右同

同社総武緩行線下り電車(列車番号一六一〇B、運転士板橋賢司)

四分間

右総武緩行線下り電車(列車番号一六〇二C、運転士岩崎松男)

一分間

右総武緩行線上り電車(列車番号一七五九C、運転士西田良雄)

四分間

右西船橋駅構内

右総武緩行線下り電車(列車番号一六六四C、運転士宮崎正弘)

二分間

右船橋駅から右西船橋駅までの間

右総武緩行線上り電車(列車番号一六二九C、運転士阿津喜久男)

二分間

同県船橋市若松二丁目一番一号所在の同社南船橋駅から同県市川市二俣新町三番地四所在の同社二俣新町駅までの間

同社京葉線上り電車(列車番号一七六八Y、運転士佐久間勇一)

六分間

2

B

A

五月三日

午後一〇時二七分

東京都新宿区市谷田町二丁目五番付近から同都新宿区新宿三丁目三八番一号付近を経て同都豊島区南池袋一丁目二八番一号付近に至るまでの道路上に駐車し、 又は、同道路上を走行する普通乗用自動車内

東京都渋谷区神宮前一丁目一八番二〇号所在の同社原宿駅から同都新宿区新宿三丁目三八番一号所在の同社新宿駅までの間

右埼京線下り電車(列車番号二二二三K、運転士柳沢克一)

一分間

右新宿駅付近

同社山手線内回り電車(列車番号二一一六G、運転士吉田司郎)

一分間

同日

午後一〇時二九分

同都渋谷区道玄坂一丁目一番一号所在の同社渋谷駅構内

右埼京線上り電車(列車番号二一二六K、運転士山本伸也)

三分間

右新宿駅付近

同社中央快速線上り電車(列車番号二一六八H、運転士鈴木友治>

四分間

同日

午後一〇時三〇分

同都渋谷区代々木一丁目三四番一号所在の同社代々木駅付近

右中央緩行線下り電車(列車番号二一〇五C、運転士伊藤壽政)

七分間

右新宿駅付近

右中央快速線下り電車(列車番号回三五六一M、運転士金井保美)

一三分三〇秒間

同日

午後一〇時三一分

右新宿駅付近

右埼京線下り電車(列車番号二二二三K、運転士柳沢克一)

五分間

同日

午後一〇時三二分

右代々木駅構内

右山手線内回り電車(列車番号二一一六G、運転士吉田司郎)

三分間

同都豊島区南池袋一丁目二八番一号所在の同社池袋駅から右新宿駅までの間

右埼京線上り電車(列車番号二一一〇F、運転士菊池耕一)

四分間

同都新宿区信濃町三四番地所在の同社信濃町駅から右代々木駅までの間

右中央緩行線下り電車(列車番号二一三一B、運転士松本勝己)

六分間

同日

午後一〇時三五分

同都新宿区百人町一丁目一七番一号所在の同社大久保駅付近

右中央快速線上り電車(列車番号二一二八T、運転士西村真人)

二分間

同日

午後一〇時三八分

右新宿駅構内

右中央快速線下り電車(列車番号二二二九H、運転士飯島俊人)

八分間

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